家庭、地域社会、学校を結ぶ情報通信 NO322
2004年(平成16年)3月5日発行
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大 王 や し |
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発 行 所 台中日本人学校 電 話 2567−2079 |
校長室より
校 長 松 井 幹 夫
1.中学部第22回卒業証書授与式を終えて
2月27日(金)に行われました中学部第22回卒業証書授与式に、台中日本人学校運営委員長 山田建男様、日本交流協会台北事務所 総務部主任 服部幸司様を始め大勢の来賓の皆様、保護者の皆様にご臨席いただきありがとうございました。厳かななかにも心温まる式となりました。卒業生の活躍ぶりと在校生の卒業生に対する感謝の気持ちが随所に垣間見られた素晴らしいものでした。
義務教育を終えた17名の卒業生は、喜びと希望を胸に母校を無事巣立っていきました。
2.校舎内外のお掃除ありがとうございました
2月21日(土)には、PTAの役員・保護者の皆様を中心に、卒業式を控えた体育館・子どもたちが一年間お世話になった教室等を清掃していただきました。夏休みの終わりにも清掃していただきましたが、子どもたちの日ごろの清掃では見落としがちな隅々までありがとうございました。見違えるほど美しくなったことに感謝いたします。学校開放に参加していた児童生徒も、保護者の皆様と一緒に頑張ってくれました。校舎・体育館・自分の教室をいつも以上に美しくしようと努力してくれた子どもたちに重ねてお礼を言いたいと思います。
3.中学部卒業生・小学部卒業生より卒業記念品をいただきました
本年度卒業生の保護者の皆様より卒業記念品として「大型飲水機」・「リヤカー」を寄贈していただきました。「大型飲水機」は家庭科室に設置しました。お湯が直ぐに沸かず不便を感じていた家庭科実習でお湯が素早く十分に使えるようになりました。これで今まで以上に手際よくおいしいご馳走ができることでしょう。子どもたち・教職員一同、いつまでも大切に使わせていただきます。本当にありがとうございました。
窓
児童会選挙
2月23日(月)来年度児童会の役員を決める、選挙が行われました。


立ち会い演説前の緊張の瞬間。 みんな立派に演説できました。
3年生を送る会
2月25日(水)中学部で3年生を送る会が行われました。1、2年生は3年生のために、出し物を一生懸命練習しました。


1年生はダンス「choo choo train」
2年生は「らいおんハート」のミュージカル


中学部卒業式
2月27日(金)中学部卒業式が行われました。卒業生は中学部3年間の思いを表し、在校生もそれに応え、非常に感動的な卒業式になりました。






卒業生 「別れの言葉」
卒業式で、中学部3年生が在校生に送った、別れの言葉を紹介します。
「自分らしさを求めて」
独唱 「さくら」
僕は今日旅立ちます。自分の道を求めて。
まだ,見えない道を,自分の手でつくりながら。
自分らしさを求めて,歩き続けたい。
たとえ,その道がか細い道であっても,ふりかえれば僕が生きてきた証し。
灼熱の日差しを浴びようと,冷たい雨がたたきつけようと,僕の前に道を作って行きたい。
どれだけ歩いたかを考えるよりも,しるべなき明日に向かって進みたい。
人は何かを行うことで自分らしさをみつけ,自分をつくりあげる。
そして,誠実に真剣に生きようとすれば,皆,だれしも悩みにぶつかる。
でも,自分らしさをみつけたい。目の前の現実から逃げては,道は途絶えてしまう。
僕には,山を崩し,木を倒す力はない。ただあるのは,勇気。
切り開く道に,爪をはがされても負けたくない。
繕う言葉は,今の僕には似合わない。ましてや,言い訳は過去へのメッセージに過ぎない。流れる血と汗だけを糧に,僕の勇気に偽りのないことをしめしたい。
僕の情熱に,自分自身を捧げ,自分の道を切り開いていきたい。
自分の明日さえ目に映らなくてもいい,夢を追い求め続けたい。
「友を思う」
独唱 「糸」
出会はすべて「運命」であることを教えてくれたあなた。
本当の自分を知るために,人は出会いと別れを重ねていくことを知りました。
人を愛するために,人は生まれてくることを教えてくれたあなた。
逢うべき人に出会えたことが,幸せだということをしりました。
明るい朝の日差しに負けないくらい,
夕焼け雲が美しいことを教えてくれたあなた。
真っ直ぐ伸びる椰子の木が,細くてもしなやかな強さを秘めていることを知りました。
ともに過ごした台中日本人学校。そこで出会った友。そこで別れていく友。
引き寄せる糸は細くても,つむぎあげた布はいつも私の心に心地よかった。
今,別れのときを迎えようとしている17人。
今はただ,別れがつらい。「さよなら」の言葉が心に痛い。
だけど信じています。あなとの出会いが永遠であることを。
そして誇りに思っています,あなたとの出会いが運命だったことを。
だからいつの日か,また出会うまで「さよなら」はそっと心の片隅にしまっておきたい。
「学校生活をふりかえって」
独唱 「上を向いて歩こう」
今日手にした卒業アルバム。風のように過ぎ去った昨日までの思い出が,そこに詰まっている。
どのページをめくっても,友の笑顔が僕に微笑んでくる。
なにげない毎日の積み重ねのなかにも,いつも友の笑顔があったことに感謝したい。
笑われるほどに不器用な僕が,今日までこれたのも,みんなの笑顔のおかげ。
笑顔の向こうにある友の心にありがとう。
友と語り尽くした修学旅行。本当の自分を語れた瞬間だった。
灼熱の太陽の下,友と走ったクラブ。本当の自分をみつけた瞬間だった。
歓声の聞こえないグランドの中で繰り広げられた運動会。本当の喜びに気づいた瞬間だった。
大きな拍手で幕を閉じた学習発表会。本当の感激を知った瞬間だった。
そして,別れの時を迎えようとしている今日。感謝の涙が,僕の頬を伝うだろう。
あの虹が消えても夢は消えない。
友の歌声が家族ほどの優しさと力強さで僕をつつくんでくれる今,
深く心に刻まれた友との思い出はどんなことがあっても消えることはない。
決して忘れない,あのときの友の輝く汗を。あのときの友のきらめく豊かな心を。
ついてくる世代に恥じないように,届かぬ世代に恥じないように,今,旅立ちます。
「決別の言葉」
独唱 「幸せになろうよ」
今一つのドラマが終わろうとしている。
いつの日か今日という日がくることはわかっていたけれど。
もう行かなければならない。
出会いや別れには慣れてはきたけれど,もうすこしあなたのそばにいたい。
まだ,あなたに甘えたいけれど。
今日まで,気がつけばいつも君がいた。
春の爽やかな風に明日を語らい,夏の厳しい暑さに骨身をさらし,
秋の雨上がりのわずかな青空に微笑み,冬の枯れ葉に身をつつみながら,
ともに乗り越えてきた,あの日々。
いろんなことのなかで,一人の重さが誰にも伝わらず、愛さえ失いそうなこともあった。
それでも私が私らしく生きてこられたのは,あなたがいてくれたから。
苦しいときはいつもあなたの声がきこえた。でも,今日からは一人。
もう,君と語ることはないかもしれない。
たとえ爽やかな風が吹いても。
もう,君と涙することはないかもしれない。
たとえ傷つき敗れても。あなたはもういない。
そして新たなドラマが始まろうとしている。それは自分で選んだ道の,明日へのスタート。
これからの人生にどんな困難が待ち受けていようと,
あのとき乗り切ったように,きっと乗り越えてみせます。
今,感じている友への感謝の気持ちを忘れずに。あのときの友の力を胸に秘めて。
そして,一人で生きていくことの辛さに負けないように,
あなたとともに歩んだ日々が無駄にならないように。
あなたの優しさにこたえるためにも。私は,私の夢と希望に向かって,今,旅立ちます。
友よ,道は別れてもひたすら強く輝き続けよう。
「父へ母へ」
独唱 「涙そうそう」
今日まで育んでくれた,お父さん,お母さん。
これまで何度も,わがままを言って,困らせたと思います。
あたたかいぬくもりを,感じていながら
なぜか素直になれず,一生懸命,背伸びをしていたあの頃。
自分で自分の気持ちが整理できずに,わけもなく二人にぶつかっていたあの頃。
自由でありたい,心のままがいいと言っていたあの頃。
一人で生きてみせると思っていたあの頃。
たった一言の「ごめんなさい」が,そして「ありがとう」の言葉が言えなかった。
でも気がつけば,いつも,私のそばには,あなたがたがいてくれました。
だからこそ,どんな辛いことがあっても,
最後にはあなたがたの心のもとに帰ることができました。
私の成長を,見守る父のまなじりに,いつしか,深いしわが刻まれていた。
愛情という言葉の意味がわからず,振り払った母の手は,いつしか,私より小さくなっていた。
あのときのお父さんの笑顔。あのときのお母さんの涙。私は一生忘れません。
お父さん、お母さん、私たちを産んでくれてありがとう。本当にありがとう。
お父さんと、お母さんの子どもであることを、とっても誇りに思っています。
こんなに素晴らしい友や、多くの人と出合わせてもらって、今は感謝の気持ちで一杯です。
どんなに、ありがとうを言っても、言い尽くすことはできません。でも、言わせてください。
15年分の、思いをこめた、とっておきのありがとうを。
いま、この一瞬、このときめきを永久(とわ)に。
会場にいる全てのみなさん、今日まで本当にありがとうございました。
2004年(平成16年)春 卒業生一同
小学部卒業証書授与式への『もうひとつ』のご案内
台中日本人学校小学部
6年担任 副担任
「少ない人数だなぁ」6年生教室に訪れるすべての方が、合い言葉のように使ったこの台詞でスタートした4月。12人から一気に6人になり、児童会や縦割り班の班長として活動していくことができるか不安一杯の6年生にとっては、心に重くのしかかるきつ〜い一言でした。
あれから約1年、今、彼らの自信に満ちた晴れ晴れしい表情は、この人数でやりきった自信と、これからの見果てぬ夢に希望を抱いている、頼もしい表情です。
式をむかえるに当って、子どもたちは5人なりの知恵を出し合い、思い出深いものにしようと練習しています。中学部卒業式のように深みのある歌声や、心に響く言葉は言えないかもしれませんが、これまで生きてきた12年という歳月の流れの中で、お世話になったすべての方に、自分たちの輝く姿を見てもらおうと一生懸命取り組んでいます。
少ない人数で児童会をまとめてきた子どもたちの晴れ姿を、在校生だけでなく、多くの人にたたえてもらいたい。当日、何も出来ない担任・副担任として、彼らの頑張りを見続けてきた我々が、最後にできることは、たくさんの人に彼らの晴れ姿を見てもらうことです。すでに校長、PTA会長からもご案内されていますが、関係者の方々の多くのご参列をいただきますようお願いいたします。
行く先を 照らすのは
まだ咲かぬ 見果てぬ夢
遥か後ろを 照らすのは
あどけない夢
ヘッドライト・テールライト
旅はまだ終わらない
大きな夢を追って、長い人生の旅を続ける子どもたちの門出を祝っていただければ幸いです。
『台中日本人学校 第24回 小学部卒業証書授与式』への、
ご参列、よろしくお願いいたします。
3月 保健便り
養護教諭
早いもので、今年度もしめくくりの月になりました。この1年、たくさんのことを学びましたか?体も心も成長しましたか?もう1ヶ月後には、それぞれ新しい環境になります。今年度よかったことはさらに伸ばし、よくなかったところは新しい気持ちで改善していきましょう。
3月の保健目標は「耳の健康に気をつけよう」「一年間の生活をふりかえり、健康状態をチェックしよう」にしました。耳というのは不思議なもので、すべての音が聞こえるわけではありません。その人が意識して、聞こうとしたものしか聞こえないそうです。例えば、「友達が話しかけてきたときに、考えごとをしていて聞こえなかった。」という経験はありませんか?耳がどんなによくても、その優れた耳をいかすのは、その人の心なのです。
心に「聴く耳」をもって、毎日を送りたいものですね。
◎耳たぶについて
耳たぶは体の中で温度が一番低いところです。熱い物にさわった時など思わず手を耳たぶにもっていったことのある人もいると思います。耳たぶの体温はだいたい29度くらいです。また、耳たぶは、音をゆがめないで、細かく伝える働きもあります。
◎きき耳について
みなさんは、右きき、左ききのようにきき手がありますよね。実は、耳にもきき耳があるのです。
両方の耳を使っているつもりでも、話し声や音楽などを聞いているとき、実は片方の耳を優先させているのです。それがきき耳です。
自分のきき耳を知る方法は簡単です。電話が急になったときに、どちらの耳に受話器をつけるかでわかります。きき耳が右と左で何か差があると思いますか。実は、きき耳が左の人は、右耳の人と比べると、聞き間違えや物忘れなどが多いそうです。
人間は、本来話をよく理解できるようにきき耳は右で生まれてきます。しかし、ストレスや癖などできき耳が左になってしまうこともあるそうです。今、左がきき耳の人は、とにかく物を聞くときに右耳を意識すると、早い人で2週間ほどで効果がでてくるそうです。
3学期も残りわずかとなりました。みなさんは、この一年間どんなことをがんばりましたか。「25m泳げるようになった。」「九九を全部おぼえられた。」など様々だと思います。また、この一年間、「大きなけがや病気をしなかった。」という人はどのくらいいますか。これは何でもないことのようですが、とてもすばらしいことです。では、みなさんの一年間の健康生活について、ふり返ってみましょう。
・朝ごはんをきちんと食べていましたか
朝ごはんは、1日のエネルギー源です。お腹の中がからっぽでは、勉強も運動もが
んばれませんよ。
・歯みがきをきちんとしていましたか
虫歯予防は、なんといっても歯みがき。歯は一生使う物なので大切にしましょう。
・手洗い・うがいをしていましたか
風邪などの病気の予防には、「手洗い」と「うがい」が一番です。
4月には、それぞれ学年が一つずつあがります。健康は何よりも一番の宝物です。自分で
自分の健康が守れるように。そして、自分でそれを継続していくことができるようにがんばりましょう。
子ども相談室より−19−
子ども相談担当
思春期の子どもにどう接していくか
思春期にある子どもたちに、どのように接していくかというと、「子どもの揺れにつき合う」ことだと児童相談所嘱託医で、中学校のスクールカウンセラーをされている明橋大二さんは、著書『思春期にがんばっている子』で述べられています。
「今日、一杯つき合えよ」「じゃ、つき合おうか」という言葉でも分かるように、『つき合う』というのは、けっしてこちらから積極的に動くわけではない、でも、嫌というわけでもない、受け身の同意というニュアンスがあります。子どもが依存したり、自立したり、そういう揺れを認めたうえでつき合ってやるということです。
また、「子どもの後を『ついていく』ことだ」と言った人もいます(芹沢俊介『ついていく父親』新潮社)。
子どもが「右へ行くよ」と言ったら、「分かったよ」と言ってついて行く。左に行くと言ったら、分かったよと言ってついて行く。ところが、やっぱり右へ行くと言い出すと、こちらも「いい加減にしろ、さっき、左と言ったじゃないか!」と言いたくなりますが、そこをじっとこらえて、「分かったよ」と言ってついて行く。
子どもが立ち止まったら、こちらも立ち止まる。子どもが歩き出したら、こちらも、後をついて行く。ここにあるのは、まず、子どもに対して指示・命令をしない、という態度です。子どもの前に立って、あっちへ行け、こっちへ行けと、いちいち指示しない。手を引っ張らない。背中を無理に押さない。ところが、子どもが立ち止まったりすると、こちらはついついあせって、先回りして、「早く歩きなさい!」と説教したり、「いつまで立ち止まっているの!」と叱ったりします。そういうことをしない。ちゃんと歩き出すまで待ってやる、ということです。

子どもが赤ちゃんの時、はいはいから一人でまず立つことができた時には、最初の一歩を期待して、じっと待っていたことを覚えていますか?最初の一歩が出た時に、子どもも大人も共に喜んだ、あの感覚を思い出して欲しいのです。かと言って、「じゃあ、好きなところに行けば?」と突き放したりもしない。ついて行くということの中に、もう一つあるのは、『見放さない』という態度です。あっちへ行ったりこっちへ行ったり、振り回されると、「もう知らん!勝手にしろ!!」と突き放したくなるのですが、それをしない。たとえ言葉で、突き放すようなことを言ったとしても、やっぱり、心配だから、後をついて行く。
また、もし子どもが不安になって、後ろを振り返ったら、そこには、ちゃんと親がいて、「大丈夫だよ。」とうなずいてくれる、そういう関係です。
ただし、どこへ行こうと、「分かったよ」とついて行く、ということではありません。本当に危ない所、例えば崖っぷちに向かっていく子どもに、「いいよ」と言うのは、それこそ『見放す』ことです。本当に危ない時には、きちんと止めてやる、これも『見放さない』ということです。
それでは、具体的にどう関わるかですが、まず大切なのは、親が『肩の力を抜く』ということです。とりあえず、思春期になるここまで育ててきました。それだけでも大変なことです。右も左も分からない、赤ちゃんの時から、ここまで育てるには、大変なエネルギーと時間が必要だったでしょう。でも、そのおかげで、子どももここまで育つことができました。もう、お腹がすけば「おなかがすいた」ときちんと言えますし、お金さえあれば、コンビニに買い物に行くこともできます。たとえ親がいなくても、何とか生きていくことはできます。ですから、子育てで一番大変な時期はもう過ぎたと言う人もいるでしょう。

また、もう中学生になった子に、いまさら「ああしろ、こうしろ」と言っても、そんなに大変わりはしません。勉強が嫌いな子に、勉強を好きになれと言っても、人間は急に180度変わるものではありません。ですから、もう、こうなってしまったからには仕方がない、ここまできたからには、なるようしかならん、といったん現実を認めてしまって、肩の力を抜くということです。親が肩の力を抜くと親が楽になります。親が楽になると子どもも楽になります。そうすると、険悪な家庭の雰囲気もしだいに和んで、笑いが出るようにもなってきます。親も子どもも、外ではいろいろと気を遣って、疲れているのです。
せめて家庭だけでも「ほっとしたい」と、みんなが願っているのではないでしょうか。
それでは、できることは何もないのか、ということですが、そんなことはありません。思春期になった子どもにも、してやれることがあります。
思春期の子どもが、親に頼みごとをしてくるということは、よほどの事情があるのです。だから、真剣に応えてやる必要があるのです。