家庭、地域社会、学校を結ぶ情報通信                          NO319
2004年(平成16年) 1月05日発行

大  王  や  し
 


 
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校長室より
校 長  松 井 幹 夫
1.新年、明けましておめでとうございます。
 平成16年(2004年)の新しい年が明けました。皆様には、おそろいでよいお年をお迎えのことと存じ、心よりお祝い申しあげます。
 旧年中は、台中日本人学校に対して、数多くご協力やご支援を賜り、ありがとうございました。お陰様で大きな事故もなく順調な歩みを続けて参ることができ、厚くお礼申しあげます。どうか平成16年(2004年)も相変わりませずよろしくお願い申しあげます。
 本日の始業式には、元気な顔を見せてくれました。体育館に並んだ子どもたちの目には、新しい年を待ち望んでいたかのような輝きがありました。私たち教職員も頑張らねばと心を新たにしました。
始業式では、次の三つのことを話しました。
 @台中日本人学校の児童生徒のみんなは、友だちや先生方には、朝の「おはようございます」から「こん  にちは」「さようなら」の挨拶を明るく元気な声でできます。これからは、学校にいらっしゃるお客様  にもしましょう。
 A義務(自分のしなければならないこと)を先にして、娯楽(自分の楽しみ)を後にする。
 B自分は主人公、自分を磨き積極的な生活をする。
 
2.「一年の計は、元旦にあり」
 私は子どもたちに、二学期の終業式に新年の目標を立てるように話しました。果たして子どもたちは目標を立てたでしょうか。いったん立てた目標は、それがどんなに卑近なことであっても継続してやりぬくことが大切です。それをやりぬいたということが、子どもの自信となり、更に意義あることに立ち向かっていけるようになります。保護者の皆様も、その意志を貫徹するよう陰のご協力をお願いいたします。
 
3.「さる」のひとこと
◎さるも木から落ちる⇒木登りのうまいさるでも、木から落ちることもあるの。どんな名人でもときには失 敗することがあるということ。
◎さるのひとまね⇒人のことをそっくり真似(まね)るのを嘲笑(ちょうしょう)した言葉。
◎夏のかぜ(風邪)はさるでもひかぬ⇒夏の風邪をひくくらい、つまらないことはない。
◎さるに烏帽子(えぼし)⇒さるに烏帽子をかぶせたように、柄に似合わない言動のこと。
 教訓めいた「さる」を並べてみましたが、皆様の「さる」は如何でしょうか。
 私は校長として、「見ざる・言わざる・聞かざる」ではなく、「よく見て、よく聞いて、言わねばならぬ」を肝に銘じて、学校運営委員会、保護者の皆様に信頼され、子どもたちの「心の居場所」となる学校運営を進めてまいります。本年も、ご協力とご支援をよろしくお願いいたします。
小学部児童・中学部生徒数







 
【小学部】            【中学部】
    1年生   24名        1年生   16名
    2年生   16名        2年生    8名
    3年生   12名        3年生   17名
    4年生   16名       
     5年生   11名
        (中学部合計 41名)
     6年生    5名
(小学部合計 84名)       <1月 5日現在>
 
小学部・中学部 合計125名
 




始業式   
本日、始業式が行われました。児童・生徒は元気な顔を見せてくれました。              
 














 
ペ ン リ レ ー
ここには、保護者や地域の方、学校関係者からの思いをリレーの形で掲載させていただきます。今回は、台中日本人学校 PTA会長です。
    「50歳の子育て」
 今から約20年前、1人の男の子が誕生しました。産声を天使の声などと言われますが、この運命的な出会いが全ての始まりだったように思えます。
「胎児診断」「出生前診断」文字通り、母親の胎内にいる子どもの検査をするもので、この時、障害がわかると医師から報告がありますが、幸いその時点では、まだ異常は見られませんでした。
 出産時、正常に産まれたと思われた男の子は1歳を過ぎても、首も据わらず、笑う事も少なく、言葉を一向に発しない事から検査に次ぐ検査で、ようやく病名がはっきりするまでに半年以上かかりました。重度の障害と認められるまでに、何項目もの基準の検査が有り、さらに時間が要しました。
 さて、障害者とわかったとたん、親戚中は大騒ぎ。病院の責任。親の責任。先祖に障害を持った者はいないか、などなど。全く勝手なもので、子どもを育てている母親の意向など全く無視です。病院を訴えるまで話しが発展。
 鶴の一声とはこういうものでしょうか。当時、元気だった祖母が一言。
「神様から頂いたもの。障害があろうが、なかろうが命は命。騒ぐ事はないでしょう。」
静まり返った中、母親になって3年目の従姉が初めて涙を流しました。
 最高7歳、上手く成長しても5歳の知能しか持たない男の子は、体も弱く直ぐに他の病気を併発します。真夜中に病院に担ぎ込まれるなんて日常茶飯事。ようやく元気になると生活習慣のおさらいです。来る日も、来る日も、決してあきらめない母親の強さが感じられました。躾るという文字の美しさからは程遠い、厳しい毎日だったように思えます。
 5才のお誕生日に、トーマスを1つプレゼントしました。軽くお辞儀をして、「ありがとう」の言葉を何回も繰り返します。「こんにちは。」と遊びに行くと、「こんにちは。こんにちは。こんにちは。」と、オウム返しです。
 健常者には何でもないことが、知的障害を持つ子どもとその親にとっては、大きな喜び、苦悩の毎日でした。小、中学校は普通校を望み、何校もお話を聞き、ようやく、受け入れてもらえる学校に出会えました。幸い3つ年下の妹も大きないじめにあう事もなかったのは、学校の先生や保護者、ご近所の理解あってのものだと感謝の気持ちを何度も聞きました。
 現在、170cmを超える大きな男の子の手を取り、職業訓練学校へボランティア活動に出かける従姉です。先日、近況を尋ねると、
「普通は子どもが成人式を迎えるとやれやれと思うんでしょうね。この年で、やれお箸は右手で持ちなさい。おトイレに行きなさい。今だに小さな幼児のしつけを続けてるけど、慣れたものよ。少年犯罪が問題になってるけど、心は健康だから、心配もないしね。50歳の子育てもなかなかのもんよ。」
 台中校で人権週間の季節になり、児童、生徒の標語が貼り出されるのを見るたびに、差し伸べられた手、温かい心に感謝しながら自分流子育てを続ける従姉を思い出します。50歳になって子育てを続けているかと聞かれれば、きっとNOでしょう。子離れ、親離れの日が遠くない今、子どもたちと向き合える時間がいとおしく感じています。




子ども相談室より−16−

子ども相談担当

たくましい父親の存在が子どもをたくましくする。

 近年、「父性の復権」が叫ばれているようです。子どもを生き生きとたくましく育てるために、父親の果たす役割は大きいと言えるでしょう。昔は「慈母厳父」と言い、ふつう父親というものは、厳しくて怖い存在でした。そしてお母さんは優しかったのです。

 しかし、最近では友だちのようなお父さんや物分りのよすぎるお父さんが増えてきたと一般的には言われています。そのかわり、お母さんがガミガミ怒るようになってきているのでしょう。そして、お父さんはそこにいないか、黙っている影のうすい存在になってきているようです。いわゆる「怒母弱父」の家庭が増えているのではないでしょうか。

 困難な状況に出会うとそれを乗り越えることができない、ひ弱な子どもを多く見受けられるようになったのは、この“ひ弱な父親”にも原因がありそうです。登校拒否とか、家庭内暴力をする子の家庭には、「怒母弱父」の家庭が多いそうです。子ども、特に男の子にとっては、自分のモデルとなるたくましい父親の存在があった方がよいのです。

 たくましい父親が家庭に存在するためには、やさしい母親の存在が必要でしょう。父親が威厳を取り戻すためには、母親の女性らしい協力が不可欠と言えるでしょう。それは、俗に「父親をたてる」ということです。

たとえば、父親が疲れてゴロンとしているときでも、『お父さんは今、家族のために一生懸命に働いた後で疲れていらっしゃるのよ。』とその訳を説明してやるのです。子どもの前で夫の悪口を言っても一つもよいことはありません。『あなたもちゃんと勉強しないと、お父さんみたいになるわよ。』と陰口を聞かされて育てば、勉強が嫌いで、父親と母親の両方を疎んずる子どもになると思いませんか?

 また、家庭内で重要なことを決めるときに誰が決定権をもっているかは大事です。大きな家具を買う、高価なものを子どもに買い与える、進学先を決める、そういうときに母親は一人で決めずに、必ず父親に相談した方がよいのです。当たり前のことですが。

 逆に父親の方は、子育てを母親にまかせっぱなしではいけません。子どもと接する時間をなんとしてでも作り出しましょう。子どもにもっと関心をもち、子どもの心に自分の存在感を示しましょう。ときにはめいっぱい遊んでやり、ときには穏やかにピシッと叱ってやるのです。子育ては、夫婦で協力してやっていく家庭のもっとも大切な仕事ではないでしょうか。とりわけ現代では、父親の父親らしい役割が求められているのです。

 

昔、世の父親というものは、怖い存在でした。「地震・雷・火事・親父」と言われるぐらい、子どもにとって恐ろしい存在でした(私の父もまさにその通りでした!)。お父さんはめったに怒らないけれど、いったん怒るとお母さんの数倍もこわかったです。そして、いったん言い出すと後には引かないガンコさがありました。「こらっ!お母さんに口答えばかりして、わがままばかり言うな!」と、ゲンコツが飛んでくることもあり、きちんと謝らないと許してもらえなかったですね。

 でも、父親を「怖いな、ガンコだな。」と感じながらも、子どもは心の底では尊敬をしていました。怒られた時は納得がいかなくても、子どもは後で気づきます。お父さんが怒るのには、ちゃんと訳があることを。お父さんは、ぼくのために怒ってくれているんだと。子どもは、お父さんのガンコさをよく分からないけれど、畏敬の念で捕らえます。そのガンコさを、子どもはお父さんの信念だと感じているのです。信念のあるお父さんは、黙っていても存在感があり、たよりになるお父さんでした。しかし、この頃のお父さんは、なんとなく家庭の中で存在感がないのではないでしょうか?そんな気がしてなりません(自分も含めてです)。

 それは、家庭にいる時間が少なく、子どもと接する機会が減っているからですが、それだけではありません。

『優しいけど、たよりにならない。いい人だけど、どうでもいい人。』

 信念のないお父さんは、子どもにとってそんな存在になってきているのです。親に信念がなければ、子どもはふらふら状態でしょう。子どもは、本当はガンコな親を求めていると言われています。お父さんに限らず、お母さんに対しても、自分を甘やかしてダメにする親よりも、自分が悪いときに真剣に叱ってくれる親を本当は求めているのです。その親のガンコさが、いずれ子どもの信念になるのです。

 ガンコさとは、何も子どもを叱り飛ばし、怒鳴りつけ、子どもの前に壁のように立ちはだかることではありません。

子どもを可愛がっても、甘やかさない。

子どもの機嫌をとるために、善悪を曲げない。

悪いことをしたら、その行いをピシッと叱る。

 そんなガンコさです。子どもは、「あの時、叱られていてよかったな。」と、後で気づいて感謝するのです。ときに子どもは、自分の悪い行いを本気で叱ってくれる親に愛情を感じるのです。









1月保健だより




                                  養護教諭

*2004年
です。あけましておめでとうございます。

 新しい年、そして3学期がスタートしました。それぞれ今年の自分の目標をたてたでしょうか。

 中学部3年生と小学部6年生は、あと3ヶ月で卒業です。その前に自分の進路決定という大きな山が待ちかまえています。他の学年も4月には進級を控え、一まわりも二まわりも成長してほしいと思います。自分自身をしっかりとみつめ、自分の今の状態より少し上の目標を定めて、その実現に向かって努力をしてほしいと思います。

 とにかく今年1年、元気に楽しく学校生活を送りましょう。何かあったときには、保健室ものぞいてみて下さい。

 今年もどうぞよろしくお願いします。

<インフルエンザ>

 3学期になって、インフルエンザではないかと思われる症状で、欠席する人が出てくると思います。高熱・身体がるい・嘔吐などの症状があらわれたら要注意です。

 感染力の強いインフルエンザウィルスは、学校のような集団の中ではすぐに蔓延してしまいます。人にうつさない、人からもらわないように努力をして下さい。 

1 うがい・手洗いをきちんとする。

 体育の後、掃除の後、給食の前は、特にていねいにして下さい。

2 換気をする。

 授業が終わったら窓を開けましょう。上の窓を開けておくのもいいですね。

3 規則正しい生活を送る。

夜更かし厳禁。調子の悪いときには特に、暖かくして早く寝ましょう。


*ありのつぶやき

 頭にくることがあった時、あなたはどうしますか?怒りにまかせて言いたいことを言ってしまう、ものに当たる.....それとも多くの人との関わりの中で生きていくためには、自分の感情をストレートに出すのではなく、その時の状況によってコントロールすることも必要になってきます。自分の心の状態をコントロールすることは、体調を崩さないためにも大切ですし、人間関係をよりよくするためにはもっと必要です。社会に出る前にそんな力も身につけて下さい。